雪降る思考とその回路
朝の天気予報は曇りを告げたが、生憎降る水は雪とともに私の傘を濡らし続ける。
昔よく遊んだあのゲームの優しい音楽を思い出しながら、私はその音色を聞き、匂いを嗅いだ。
離れた所にいる貴方は、いつ見ても斜め上を遠い目で見つめていた。
俯きつつ視線を無理やり貴方から剥がして、頻りに自分の靴紐を気にしてみたりしたが
両手を口元に丸く当てた貴方は一つ静寂を吐いた。
それは貴方自身の手に温もりをもたらしたのちに白く宙を漂った。
頭の中で鈴の音が止んだのは、恐らくみぞれが完全な雪になったからであって決して貴方と目があったからではない。私はそう思って視線をまた靴紐へ向けた。
いつの間にか解けた靴紐がそこにあったが、徐々に近づく脚音は私に何の余地も与えないまま遂には止まった。
再び目があったときには既に遅く、私は焦ったし雪の冷たさ以上にヒヤッとした。
素早く差し出された貴方の手には、まだ袋に入ったままのホッカイロが若干の皺とともに乗せられていた。
戸惑ったが不器用な貴方が無理にそれを握らせるものだから、私は思わず目を見開いた。
私の脳内に感謝の言葉が浮かぶその前に、貴方はコートの襟に口元を隠しながら去ってしまった。何も言えずにいた。
私は世界ごと黒く点滅させながら貴方の背中をただ見つめる。
何度瞬きをしたことか想像もできないのは、見開いた目が冷気で乾燥したからであって決してそういうわけじゃない。
帰宅した私は頭を空っぽにしようと思い窓と向かい合った。
今は辛うじて晴れと言えるような空模様。
私にはまだ雪が降っているように見えた。
部屋の空調は整っているし、テーブルの上には食べかけのフルーツですらある。
一つも苦労や悲しみはない。
但しそれらとこの悩みは全くの別物であり、それがまた窓の外にみぞれを降らせた。
それからフルーツの乗ったお皿をラップで覆って、伽藍堂の冷蔵庫に入れる。
壊しかけのジグゾーパズルを作り始めようとした時にようやく気がついた。
私はこの間(かん)、歯ブラシを握りしめて奥歯を磨き続けていた。
口を濯いだために再び手は冷えたが、目線の先にはホッカイロ。
私はこの寒(かん)、ホッカイロを握りしめて濡れた街路が乾くのを待ち続ける。