誰かの気まぐれ日記
[1.隣のノッポ]
塀にヒョイと飛び乗った僕は黒い毛並みを薄汚く輝かせながらちょこんと座り、隣のノッポに話しかけた。
「君は毎日立っていて疲れないのかい?誰も気にすらしてくれないし。」
ノッポはいつも立っている。どんなに冷たくても暑くても。
人々はすれ違うことすら無意識に。
僕はそんなノッポに哀れみの気持ちを持たずにはいられなかった。
「ああ。だって僕がいなけりゃ世界は今ほど明るくないさ。きっと何処かで感謝されてる。」
ノッポは朗らかに笑って答えた。
例えば僕はノッポだ。だとすれば張られた線に敵わず倒れ込んでしまうだろう。
例えば僕が本当にノッポなら、同じ見た目をした他のノッポと共に反抗をするかもしれない。
僕はノッポじゃない。だから続けて訊いた。
「君はどうして独りで人々のために立っていられるの?」
「独りじゃないよ。毎日鳥さんが構ってくれる。」
「鳥達だけで耐えられるの?」
「いいや、君みたいなのもいるよ。」
ふ〜ん。僕は少し含羞んでしまったのを隠しながら、また来ると言い残して路地裏へとその姿を溶け込ませた。
[2.ムスッとした四角]
俺は今日もその湿気、薄暗さに溜息ばかりなワケだが、今日は普段見ないやつにそこを見られた。
誰だあのチビ。
チビは急に俺に飛び乗って、体全てを引っ付けながら話しかけてきた。
なんだコイツ。
「君も独りかい?こんな所で。」
「フン、独りで悪いかよ。」
「悪くない。誰も彼も自分次第では独りだよ。」
話を聞けばそのチビも独り身なんだと。少し前までは人に構ってもらってたらしい。
ほう、気が合いそうだ。
「お前、辛くねえのか?チビのくせに独りで。」
「いや僕は常に独りなワケじゃない。好きな時に、君みたいなのとこうして話してる。」
生意気言いやがって。でも言ってることに違いはない。
チビは俺から飛び降りて言った。
「もう一回訊くけど、君は独りかい?」
薄汚れで閉ざされそうな、ギリギリ見える青空を仰いだ。
"俺みたいなの"ねぇ…。案外独りじゃないのかもな。
気づくとチビは尻尾で手を振る様にして、また何処かへいった。
多分アイツはまた来てくれる。
[3.見えない君]
なんだか今日は照れ臭い。
こんな柄だったかな、僕って。
まぁ沢山友達も出来たし、満足な一日だ。
ノッポも四角も暖かかったので、独りで歩く道は寒く感じた。
また僕の毛は靡いた。
いや待てよ。今のは暖かかった。
「やぁ。君見ない顔だね。」
なんだ、何処からともなく声がするぞ。
「君にオイラを見ることはできないよ!でもオイラはいつでも君を見てる。独りで君を見てる。」
そうか君は。
「ああ、君か。いつも助かってるよ。」
君がいなけりゃ僕は今程この自慢の毛並みを靡かせることなんてできなかったさ。
それに何より、寒いままの道はゴメンだ。
僕は脚を止めることなく話を続けた。
君はいつも何処にでもいる。いつも何処にいても来てくれる。
「ありがとう。僕も実は君に憧れてるんだ。だから今日も君を真似てみた。気分良いなぁこれ。」
「へへ、良かった!オイラの夢は皆をフワッと包み込むことさ!元気になれる様にね!」
明るいやつだ。僕もそんなふうになれるかな。
見えなくてもいいから。
独りでもいいから。
[4.今日はここまで]
渡鳥を眺めて思う。
私は何処へもいけない。所詮独りだ。
そうやって眺めていると暖かい風が、適当に結えた髪を靡かせた。
それでも私はただ空を見ていた。
白い月は余計虚しさを生み、また安心感も生んだ。
毛むくじゃらの何かが急に私の手に触れたので驚いたが、見るとそこにいたのは真っ黒な子だった。
首輪もなく、その子も独りだとすぐにわかったのだが、その子は私の手に触れてすぐ何処かへゆっくりと向かおうとしていた。
私はついて行くことにした。
その子が向かった先は路地裏だった。
此処に住んでるのかな…?
捨てられたテレビが置いてあり、そこにひょいと飛び乗って寝てしまった。
あまりに愛おしく、気づけば私はその子が目を覚ますまで眺めていた。
暫く南風に晒された後、その子は目を覚ますと今度は何でもない道を歩き始めた。
塀の上を歩くその子はとても美しく、電柱がある度に脚を止めて匂いを嗅いだ。
軈て道は行き止まりを迎えた。
その子は塀の上に座って私を見る。
凛としていて且つ愛嬌のあるその目線は、私とほぼ同じ高さにあり、何処か不思議な感じがした。
いつの日も黒い毛並みは南風に靡き、私は白い月の元をただ揺蕩う。
今日はここまで。