酒場脇寒光
[1.居場所]
この時間はもう肌寒くなってきて、いよいよ今年も僅かだ。
暗くなるのが早いとやっぱり私が必要になるようで、仕事が増える。
給料?そんなのはない。ブラックな職場だが、皮肉なことに私は黒を照らさねばならないという役割がある。
まぁ夏の時期に比べれば、私に寄って集る虫も減って過ごしやすいのでまだマシである。
私からすれば何もかもが不可抗力。
酒場の主人はというとストレス発散だとか抜かしながら、もう尽きて枯れた樽に踵落としをしている始末だ。
毎年恒例といえば恒例なんだけど、私はそれを眺めて溜息をつく他ない。
此処にいること自体が嫌になってしまわないように耳を澄まし、意識を逸らした。
酒場からは雑に音が聞こえてくるが、その隣のこのシーズンの静けさといえばこれこそ私の居場所と言えよう。
美しい空の同業者と目を合わせ、また上達した作り笑いを披露した。
今日も私は立っている。
酒場と水溜りを照らしている。
[2.気の毒男]
足取りが覚束ない男が姿を現した。
小さく型の崩れた背中は、溢れるほどの悲しみを乗せているように見える。
私は何度も何度もこういう男を見てきたし、話を盗んで聞きもした。
多分この男も大切なものをまた無くしてしまったのだろうということは容易に想像がつくのだが。
私は何処にも行けないため、恋だとか友情だとか、人付き合いなどはこれっぽっちも知らないので何も言えそうにない。
どっちが気の毒なのか問われれば確かにそこに答えは無いのだが、私からすればそんな面倒なものを背負わなくてはならない彼らの方が気の毒に思えてくる。
この男のような状況に置かれた人にとって、この酒場はどういった様に見える場所なのか。
それについて考えることがよくあるのだが、私が思うに此処は何処にも行けない大人達が仕方なく来る場所。
だとすれば、私の仲間とも言えるかな。
何もできない私だが、不幸をほぐしてやれるかな。
[3.老夫婦]
男はひとしきり呑むと帰っていった。
来た時よりかはマシな背中で去っていったが寂しさはやはり残る。
暫くすると今度は老夫婦がやって来た。
この夫婦は恐らく近所に住んでいて、毎週決まった時間に歩いて来る。
「寒くないか?上着貸すぞ。」
「大丈夫よ。暖かいわ。」
静かながら敬うべき圧倒的信頼がそこに見える。いつ見ても相当仲が良い。
願わくば私もそうなりたいなと、夫婦を見るたびに思う。
老夫婦が酒場に入った後に、私はあることに気がついた。
私は悄気た男の背中を見て、人間関係ほど煩わしいものは無いと思った。
その煤けた男を見て、酒場とは何処へも行けない大人の来る場所だと考えた。
私は老夫婦を見て、その人間関係に強い憧れを抱いた。
絶対的な2人を見て、酒場とは何処にでも行ける大人の来る場所だと思った。
益々解らない。だから私は此処に立っていられる。
いつか願うカタチが私にも来るかな。
[4.終わり]
世は更けて、雪がちらついて来た。
黒い夜空に白い粉雪は非常に映える。
私は此処で仕事をしていていいのかな。
ひょっとすると、いない方が綺麗かもな。
思いつきではあったが時期も時期だ。
私は静かにこっそりと仕事を終えた。
酒場の主人は怒って私を蹴ったがちっとも痛くなく、寧ろ悲しそうに足を抱えているのでクスッと笑えた。
長らく人々と酒場を照らして来たが、多分此処での夜は時期に過去のものとなるのだろう。
明かりを失った酒場と水溜りは、空の同業者によってほんのり白く色づけられて良い雰囲気になっていた。
冬なのに集ってくる虫達も何処かへ行ったが、そのせいでちょっぴり寂しいな。
多分私が此処に立っていられるのは時間の問題だろうが、願うカタチが全ての人に訪れればいいといつでも願っている。
酒場の主人にも良いことがありますように。
願っているよ。私を頼ってくれてありがとう。
メリークリスマス。