妖怪は思い出の

誰もいない。


見え隠れする月の下で、妖怪は言いました。


「俺は恐るべき生き物さ。さあお前は何処行くおチビちゃん。」


女の子は妖怪をテディベアを見るような目で見ては手を振って口角を上げました。


妖怪は驚き戸惑いましたが、刹那に浮かべたその慌てふためいた醜い表情を隠しながら、

眉間に皺を寄せ女の子を睨みました。

射るような眼差し。


「悪いなおチビちゃん。俺は人喰いなんだ。人を喰わねえと生きていけないのさ。

だからわかるよな?」


女の子は依然目を変えず、その手を差し出して言いました。


「うん。だけどワタシ貴方がわからない。ほらもっと教えてよ。」


妖怪は自分から逃げない女の子を、恐ろしく感じました。同時に喜びで心臓が高鳴りました。


女の子が差し出した手と、その目とを何度も目線で往復しながら、漸く喉に突っ掛かる言葉を放りました。


「なぁおチビちゃん、君の目の俺は何なんだ?

俺は恐るべき人喰いさ。」


「うん、知ってるよ。知ってるの。」


可笑しく思えてきた妖怪はいよいよその手をとりました。


2人はまだ隠れ切らずにいる月の下を、話をしながら練り歩くのでした。


好きなもの。嫌いなもの。

昨日見たテレビが面白かったとか、

道端で見た霜に濡れた花が美しかったとか。

虹が見たい。だとか。


幾つも話をしました。


そんなもんで妖怪は満たされました。


妖怪にとってもそれは信じ難く、とても心に感じたことのないものでした。


しかし妖怪はふと思い出しました。


お腹が鳴ったのです。


妖怪は、人喰いです。

どうしようもない事実でした。


途端に怖くなり、女の子の手を離しました。


女の子に背を向けました。


「ねえ、もっと話をしましょ?嫌なの?」


妖怪は出てくる言葉一つ一つを押し潰しながら、女の子に嫌われるべく思いもしない言葉をツラツラと並べました。


やがて女の子は啜り泣き始めました。


妖怪は漸くある事に気づきました。


それから妖怪は女の子に何度も心の底から謝り、手を繋ぎ直しました。


「また俺と話をしてくれるか?」


空は時期に月明かりに頼らない程の光を得て、綺麗な色を見せました。


「うん。もちろんよ。」


女の子は涙を拭って嬉しそうに、返事をしました。


それから少しお話をしました。


2人にとってそこは世界の果ても同然でした。


軈て太陽が地平線から顔を見せ、2人は静かにそれを眺めました。


「綺麗だねぇ。」


「ああ。凄く綺麗だ。こうやって日の出を見れて良かったよ。ありがとう。」


「うん。ねえ?」


女の子の透き通った声に対する返事はありません。


なんだか空気が冷たく感じて、横に顔を向けました。


隣には何もいません。


人喰い妖怪は暗がりでしか生きられないのでした。


日の出は一緒に見れたね。


いつか虹も一緒に見たかった。