嫌われ
[1.お早う]
目覚ましの音で俺は目を覚ました。
俺は6時半にそいつをセットしたはずだが時計の針は短いほうが7と8の間。長いほうが6。
今日は学校だったが、間に合うことはないだろうと思い遅刻して行くことにした。
俺はゆっくりと顔を洗う。
溜息を零しながら鏡を見てぼーっとした。
あーあ、チビの頃の俺が見たら、何つーかな。
怖いって言って逃げてくかな。
そんな事を考えつつ学校の支度を終える。
さて行くか。
チャリに跨る。
別に急いでなんかないが、チャリに乗るのは好き。
だから自然とスピードを出したくなる。
[2.憂鬱]
うまくスピードが出ずに腹が立つ。
風は俺のことが嫌いらしい。
いつも気分よく走ろうとすると、俺を押し返してくる。
今日のように酷い時は息すらさせてくれない。
時折顔を横に向けて息継ぎをする。
いくつもの暖簾が俺にアッカンベーをしてくるのが目に入ってくる。
暖簾は俺のことが嫌いらしい。
そんなに挑発しなくてもいいだろう?
俺だって頑張ってんだぜ。まあ無理もないか。
そうやって走っていると、渡ろうとした横断歩道の脇に立つ信号機が、目の前で赤に染まった。
ここの信号は毎日俺を止める。
信号は俺のことが嫌いらしい。
俺が通ろうとするといつも顔を赤らめて怒る。
止まっている間、俺は風上のほうへ目を向けた。
多分、ガンを飛ばしていたと思う。
まあこんな具合で俺は皆に嫌われている。
だが俺を嫌わない物好きもいる。
[3.北山]
「あれ、正登じゃん!お前も遅刻か?」
俺の名前を含んだその言葉は、いつもの声に含まれて横から飛んできた。
その出所へとゆっくりと目をやった。
そこには肩で息をして笑っている北小路がいた。
こいつは登校時間がいつも被る。
友達と呼んでいいのかは知らないが、その良し悪しを考えるのは面倒だから俺の中では一応友達としている。
まあ少なくとも幼馴染ってやつだ。
俺は変わらない目つきで冷たくまあなと答えた。
「へへ、俺も寝坊しちゃってよ!急げ急げ〜。」
俺はこいつが何故急いでいるのか分からなかったので、思わず何故か聞いてしまった。
「ん?いや別に早く学校いかないとってわけじゃなくて、楽しいからさ〜」
ハッとした。
それは息すら出来なくさせた。
[4.好き嫌い]
信号が青になり、北小路は一緒に行くかと誘ってくれたが、返事は思うように出来なかった。
「なんだよ、体調でも悪いのか〜?
お前が行かないなら俺も行かねぇわ!」
大きく笑っている。つられて俺も笑った。
こいつは俺を知っているみたいだった。
それから学校に行くのが面倒臭くなって、近くの公園に行くことにした。
「は〜、今日も風が気持ちいいなぁ!」
ブランコに座ってゆらり揺られる北小路。
「向かい風だと腹立つけど…。」
俺は共感が返ってくると思った。
「お前、ガキの頃は風が好きって言ってたっけな〜。成長ってやつか。」
ドキッとした。
何かを思い出した。悪寒がした。
そんな気分になった。
[5.そよかぜ]
俺は答えを返さず、近くの大きな樹の麓に佇む影に入り込んで寝そべった。
風が心地良い。
そう思えたことすら後から気がついた。
気がつけば眠りについていた。夢を見た。
目の前にチビの頃の俺がいた。
チビは硬い表情のまま俺に近づいてきて、
「お前、オレが友達になってやるから元気出せよ。」
そう言って頭を撫でてくれた。心地良かった。
生意気なやつだな。
俺は北小路の声に起こされた。
撫でられた感触のあるままだったので驚いたが、それは風に髪が揺さぶられているだけだった。
「なぁもう流石に学校、行かないとまずいぜ?」
俺は耳を貸さなかった。
何かを思いついた。閃いた。
そんな気分になった。
北小路に此処に居ろと言い残して家に急いだ。
[6.空高く好く]
2回くらいこけたが痛みさえ気にならないほど何かに必死だった。
家に着くなり俺は部屋の収納という収納を漁った。
漸く見つけた。
チビの頃に自分で作った凧だ。
とても綺麗に保存したまま随分長い間忘れていた。
俺は皆に嫌われている。だから俺も皆を嫌っている。
でもチビの頃の自分のことだけは嫌えないだろうという自信が、常にあった。
何か自慢があったわけでもないし、特に嬉しいことがあったわけでもない。常に寂しかった。
だからこそ、自分だけは好きでいてあげたいと思う。
つーことは今の俺も遠い先の俺に好かれてんのかもな。
俺は凧を上げながら公園へ向かった。走った。
凧は気持ち良さそうなほど綺麗に空を泳いだ。
向かい風が俺に喜びと懐かしさをくれている。
店の暖簾は俺に手を振り、信号は自分では止まれない俺を危なくないようにと止めてくれた。
[7.昔の声 今の影]
公園に着いた。
北小路はブランコを180°近く揺らして大きく笑っていた。愉快なやつだ。
俺もつられて笑った。
「お前それ!随分昔の凧じゃねえか!」
大声で明るいその声は、成長しちまった俺らが普段出すようなものではなく、昔よく聞いた声にそっくりだった。
俺らは学校も忘れて暮れるまで駆け回った。
昔みたいに。
太陽を背負って、地面に映った黒い俺を追いかけるようにして帰った。
黒い俺は、確かに黒かった。
でも黒であって、黒でなかった。
それはいつかの彩の影。