田舎トラックとツキを喰らう鳥





真っ青な空には何もなかった。

1本の飛行機雲を除いては。


「今日もいい天気だなぁ。」

田舎トラックは今日も大きい車体を粗い道に揺らす。

仕事を終えた運転手は、顎髭を軽く撫でると頭に巻いたタオルを外して運転席で昼寝を始めた。

汚いがそれが美しくもある道端は静かで、そこに住む虫や鳥の声だけが小さく聞こえる。

所謂"のどか"だ。


2人の少年と1人の老婆がやってきて、窓をノックして運転手を起こした。

「おじちゃん!いつもの買いにきたよ!」

「今日もきてくれたのかい!ちょっと待ってな!」

後ろに積んだ荷物から幾つか物を取り出して少年たちの前に並べた。


こま、けん玉、竹蜻蛉、だるま落とし


少年2人は話し合いながら竹蜻蛉を2つ選んだ。

「毎度あり!飴もオマケであげよう。」

お釣りと一緒にりんご味の飴を3つ手渡して3人を見送ったあと運転手は後ろから竹を取り出して、切ってヤスリで磨いた。


磨いて出た粉をゴミ箱に吹き払って、綺麗になった表面を撫でるとみるみるうちにそれは鳥になった。


その頃にはすっかり暗くなり、飛行機雲のみだった空には賑やかな光の模様がついていた。


鳥は開けた窓から空に向かって飛び立ち、それを運転手は笑顔で見つめる。


地上から見る鳥は星を食べるようにして飛び回り、徐々にその大きさを増していった。


気づいた頃には既に月をも食べてしまいそうな程大きくなっており、体を大きく靡かせながら飛んでいる。


夜が朝につながる時まで飛び続けた鳥はやがて白い軌道を残しながら何処かへ消えていった。


明くる朝、真っ青な空には何もなかった。

1本の飛行機雲を除いては。


「今日もいい天気だなぁ。」

田舎トラックは今日も大きい車体を粗い道に揺らす。

妖怪は思い出の

誰もいない。


見え隠れする月の下で、妖怪は言いました。


「俺は恐るべき生き物さ。さあお前は何処行くおチビちゃん。」


女の子は妖怪をテディベアを見るような目で見ては手を振って口角を上げました。


妖怪は驚き戸惑いましたが、刹那に浮かべたその慌てふためいた醜い表情を隠しながら、

眉間に皺を寄せ女の子を睨みました。

射るような眼差し。


「悪いなおチビちゃん。俺は人喰いなんだ。人を喰わねえと生きていけないのさ。

だからわかるよな?」


女の子は依然目を変えず、その手を差し出して言いました。


「うん。だけどワタシ貴方がわからない。ほらもっと教えてよ。」


妖怪は自分から逃げない女の子を、恐ろしく感じました。同時に喜びで心臓が高鳴りました。


女の子が差し出した手と、その目とを何度も目線で往復しながら、漸く喉に突っ掛かる言葉を放りました。


「なぁおチビちゃん、君の目の俺は何なんだ?

俺は恐るべき人喰いさ。」


「うん、知ってるよ。知ってるの。」


可笑しく思えてきた妖怪はいよいよその手をとりました。


2人はまだ隠れ切らずにいる月の下を、話をしながら練り歩くのでした。


好きなもの。嫌いなもの。

昨日見たテレビが面白かったとか、

道端で見た霜に濡れた花が美しかったとか。

虹が見たい。だとか。


幾つも話をしました。


そんなもんで妖怪は満たされました。


妖怪にとってもそれは信じ難く、とても心に感じたことのないものでした。


しかし妖怪はふと思い出しました。


お腹が鳴ったのです。


妖怪は、人喰いです。

どうしようもない事実でした。


途端に怖くなり、女の子の手を離しました。


女の子に背を向けました。


「ねえ、もっと話をしましょ?嫌なの?」


妖怪は出てくる言葉一つ一つを押し潰しながら、女の子に嫌われるべく思いもしない言葉をツラツラと並べました。


やがて女の子は啜り泣き始めました。


妖怪は漸くある事に気づきました。


それから妖怪は女の子に何度も心の底から謝り、手を繋ぎ直しました。


「また俺と話をしてくれるか?」


空は時期に月明かりに頼らない程の光を得て、綺麗な色を見せました。


「うん。もちろんよ。」


女の子は涙を拭って嬉しそうに、返事をしました。


それから少しお話をしました。


2人にとってそこは世界の果ても同然でした。


軈て太陽が地平線から顔を見せ、2人は静かにそれを眺めました。


「綺麗だねぇ。」


「ああ。凄く綺麗だ。こうやって日の出を見れて良かったよ。ありがとう。」


「うん。ねえ?」


女の子の透き通った声に対する返事はありません。


なんだか空気が冷たく感じて、横に顔を向けました。


隣には何もいません。


人喰い妖怪は暗がりでしか生きられないのでした。


日の出は一緒に見れたね。


いつか虹も一緒に見たかった。

酒場脇寒光

1.居場所]


この時間はもう肌寒くなってきて、いよいよ今年も僅かだ。


暗くなるのが早いとやっぱり私が必要になるようで、仕事が増える。


給料?そんなのはない。ブラックな職場だが、皮肉なことに私は黒を照らさねばならないという役割がある。


まぁ夏の時期に比べれば、私に寄って集る虫も減って過ごしやすいのでまだマシである。


私からすれば何もかもが不可抗力。


酒場の主人はというとストレス発散だとか抜かしながら、もう尽きて枯れた樽に踵落としをしている始末だ。


毎年恒例といえば恒例なんだけど、私はそれを眺めて溜息をつく他ない。


此処にいること自体が嫌になってしまわないように耳を澄まし、意識を逸らした。


酒場からは雑に音が聞こえてくるが、その隣のこのシーズンの静けさといえばこれこそ私の居場所と言えよう。


美しい空の同業者と目を合わせ、また上達した作り笑いを披露した。


今日も私は立っている。


酒場と水溜りを照らしている。




2.気の毒男


足取りが覚束ない男が姿を現した。


小さく型の崩れた背中は、溢れるほどの悲しみを乗せているように見える。


私は何度も何度もこういう男を見てきたし、話を盗んで聞きもした。


多分この男も大切なものをまた無くしてしまったのだろうということは容易に想像がつくのだが。


私は何処にも行けないため、恋だとか友情だとか、人付き合いなどはこれっぽっちも知らないので何も言えそうにない。


どっちが気の毒なのか問われれば確かにそこに答えは無いのだが、私からすればそんな面倒なものを背負わなくてはならない彼らの方が気の毒に思えてくる。


この男のような状況に置かれた人にとって、この酒場はどういった様に見える場所なのか。


それについて考えることがよくあるのだが、私が思うに此処は何処にも行けない大人達が仕方なく来る場所。


だとすれば、私の仲間とも言えるかな。


何もできない私だが、不幸をほぐしてやれるかな。




3.老夫婦]


男はひとしきり呑むと帰っていった。


来た時よりかはマシな背中で去っていったが寂しさはやはり残る。


暫くすると今度は老夫婦がやって来た。


この夫婦は恐らく近所に住んでいて、毎週決まった時間に歩いて来る。


「寒くないか?上着貸すぞ。」


「大丈夫よ。暖かいわ。」


静かながら敬うべき圧倒的信頼がそこに見える。いつ見ても相当仲が良い。


願わくば私もそうなりたいなと、夫婦を見るたびに思う。


老夫婦が酒場に入った後に、私はあることに気がついた。


私は悄気た男の背中を見て、人間関係ほど煩わしいものは無いと思った。


その煤けた男を見て、酒場とは何処へも行けない大人の来る場所だと考えた。


私は老夫婦を見て、その人間関係に強い憧れを抱いた。


絶対的な2人を見て、酒場とは何処にでも行ける大人の来る場所だと思った。


益々解らない。だから私は此処に立っていられる。


いつか願うカタチが私にも来るかな。




4.終わり]


世は更けて、雪がちらついて来た。


黒い夜空に白い粉雪は非常に映える。


私は此処で仕事をしていていいのかな。

ひょっとすると、いない方が綺麗かもな。


思いつきではあったが時期も時期だ。


私は静かにこっそりと仕事を終えた。


酒場の主人は怒って私を蹴ったがちっとも痛くなく、寧ろ悲しそうに足を抱えているのでクスッと笑えた。


長らく人々と酒場を照らして来たが、多分此処での夜は時期に過去のものとなるのだろう。


明かりを失った酒場と水溜りは、空の同業者によってほんのり白く色づけられて良い雰囲気になっていた。


冬なのに集ってくる虫達も何処かへ行ったが、そのせいでちょっぴり寂しいな。


多分私が此処に立っていられるのは時間の問題だろうが、願うカタチが全ての人に訪れればいいといつでも願っている。


酒場の主人にも良いことがありますように。


願っているよ。私を頼ってくれてありがとう。


メリークリスマス。

誰かの気まぐれ日記

1.隣のノッポ]


塀にヒョイと飛び乗った僕は黒い毛並みを薄汚く輝かせながらちょこんと座り、隣のノッポに話しかけた。


「君は毎日立っていて疲れないのかい?誰も気にすらしてくれないし。」


ノッポはいつも立っている。どんなに冷たくても暑くても。


人々はすれ違うことすら無意識に。


僕はそんなノッポに哀れみの気持ちを持たずにはいられなかった。


「ああ。だって僕がいなけりゃ世界は今ほど明るくないさ。きっと何処かで感謝されてる。」


ノッポは朗らかに笑って答えた。


例えば僕はノッポだ。だとすれば張られた線に敵わず倒れ込んでしまうだろう。


例えば僕が本当にノッポなら、同じ見た目をした他のノッポと共に反抗をするかもしれない。


僕はノッポじゃない。だから続けて訊いた。


「君はどうして独りで人々のために立っていられるの?」


「独りじゃないよ。毎日鳥さんが構ってくれる。」


「鳥達だけで耐えられるの?」


「いいや、君みたいなのもいるよ。」


ふ〜ん。僕は少し含羞んでしまったのを隠しながら、また来ると言い残して路地裏へとその姿を溶け込ませた。




2.ムスッとした四角]


俺は今日もその湿気、薄暗さに溜息ばかりなワケだが、今日は普段見ないやつにそこを見られた。


誰だあのチビ。


チビは急に俺に飛び乗って、体全てを引っ付けながら話しかけてきた。

なんだコイツ。


「君も独りかい?こんな所で。」


「フン、独りで悪いかよ。」


「悪くない。誰も彼も自分次第では独りだよ。」


話を聞けばそのチビも独り身なんだと。少し前までは人に構ってもらってたらしい。


ほう、気が合いそうだ。


「お前、辛くねえのか?チビのくせに独りで。」


「いや僕は常に独りなワケじゃない。好きな時に、君みたいなのとこうして話してる。」


生意気言いやがって。でも言ってることに違いはない。


チビは俺から飛び降りて言った。


「もう一回訊くけど、君は独りかい?」


薄汚れで閉ざされそうな、ギリギリ見える青空を仰いだ。


"俺みたいなの"ねぇ。案外独りじゃないのかもな。


気づくとチビは尻尾で手を振る様にして、また何処かへいった。


多分アイツはまた来てくれる。




3.見えない君]


なんだか今日は照れ臭い。


こんな柄だったかな、僕って。


まぁ沢山友達も出来たし、満足な一日だ。


ノッポも四角も暖かかったので、独りで歩く道は寒く感じた。


また僕の毛は靡いた。


いや待てよ。今のは暖かかった。


「やぁ。君見ない顔だね。」


なんだ、何処からともなく声がするぞ。


「君にオイラを見ることはできないよ!でもオイラはいつでも君を見てる。独りで君を見てる。」


そうか君は。


「ああ、君か。いつも助かってるよ。」


君がいなけりゃ僕は今程この自慢の毛並みを靡かせることなんてできなかったさ。


それに何より、寒いままの道はゴメンだ。


僕は脚を止めることなく話を続けた。


君はいつも何処にでもいる。いつも何処にいても来てくれる。


「ありがとう。僕も実は君に憧れてるんだ。だから今日も君を真似てみた。気分良いなぁこれ。」


「へへ、良かった!オイラの夢は皆をフワッと包み込むことさ!元気になれる様にね!」


明るいやつだ。僕もそんなふうになれるかな。


見えなくてもいいから。


独りでもいいから。




4.今日はここまで]


渡鳥を眺めて思う。


私は何処へもいけない。所詮独りだ。


そうやって眺めていると暖かい風が、適当に結えた髪を靡かせた。


それでも私はただ空を見ていた。


白い月は余計虚しさを生み、また安心感も生んだ。


毛むくじゃらの何かが急に私の手に触れたので驚いたが、見るとそこにいたのは真っ黒な子だった。


首輪もなく、その子も独りだとすぐにわかったのだが、その子は私の手に触れてすぐ何処かへゆっくりと向かおうとしていた。


私はついて行くことにした。


その子が向かった先は路地裏だった。

此処に住んでるのかな


捨てられたテレビが置いてあり、そこにひょいと飛び乗って寝てしまった。


あまりに愛おしく、気づけば私はその子が目を覚ますまで眺めていた。


暫く南風に晒された後、その子は目を覚ますと今度は何でもない道を歩き始めた。


塀の上を歩くその子はとても美しく、電柱がある度に脚を止めて匂いを嗅いだ。


軈て道は行き止まりを迎えた。


その子は塀の上に座って私を見る。


凛としていて且つ愛嬌のあるその目線は、私とほぼ同じ高さにあり、何処か不思議な感じがした。


いつの日も黒い毛並みは南風に靡き、私は白い月の元をただ揺蕩う。


今日はここまで。





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お姉さんの唄声





1.明日はねえ]


僕は明日ね、学校の皆と遠足に行く。予定だったんだ。

でも昨日から熱があるんだよ。下がらなそう。


パパとママは治るといいねって言ってくれるけど、こんな調子じゃ多分まだ下がらない。


明日皆は動物園に行くんだって。


僕は動物さん達に何回も会ったことがあるから、行けなくてもいいもん。


でも本当はちょっと嫌だ。


僕だってみんなと一緒がいい。


でもどうしようもないものはどうしようもない。


今日の絵本の時間も終わって、いよいよ僕は布団を掛けられた。


パパが子守唄を歌ってる。


僕は寝たふりをしてじっとした。


気づくと窓からは陽が指して、誰かの優しい声がする。


さっきまではパパだったはずなんだけど、すぐ横から聞こえるのは女の人のお歌。


「あら、起きた?おはよ。」


知らない人だけど、ちっとも怖くなかったよ。


多分、初めて会う人。でも怖くないんだ。


よくわからないけどフワフワッてしてて楽しい感じ。




2.あさごはん]


僕は女の人に訊いた。


「あれ、パパとママは?」


「お仕事があるみたいよ。だからお姉さんが代わりに君を見てたのよ。」


本当にパパとママが僕を知らない人に預けたの?って思ったけど、凄く温かい人だったから大丈夫だと思った。


「さて、朝のご飯を食べましょ!お姉さんもまだ食べてないから、一緒にね!」


僕とお姉さんは一緒にリビングに向かった。


お姉さんはリビングに着いてすぐ、僕に冷蔵庫を見てごらんって言ったから僕は冷蔵庫を開けてみた。


なんか、大きいバケツがお皿の上で逆さまになって入ってた。


前もこんなことあったような


凄く甘い匂いがする。


「それ、なんだと思う?」


プリン?」


匂いがそんな感じだった。


「そう!君のママが頑張って作ったんだよ〜!じゃあバケツ外してみよっか!」


お姉さんがテーブルに運んでくれて、僕はバケツを外した。


「わ〜!!こんなの作ってたのママ!ママすごい!ママ天才!」


えへへ、ついテンションがあがっちゃった。


僕とお姉さんはすぐにそれをぺろっと平らげた。




3.心地良い音]


お姉さんはバケツのお片付けを済ませると僕に言った。


「君、動物園行きたいんだって〜?ママが言ってたよ!」


僕は漸く熱のことを思い出してお姉さんに言った。


「そっか、でももうお熱下がってるんじゃない?測ってみよっか。」


お姉さんの言った通り、僕の熱はいつも通りになっていた。


「よし、じゃあ今からお着替えして、お姉さんと動物園行こっか!」


僕は皆に会えると思って嬉しくなって、すぐに頷いた。


お姉さんも僕が着替えてる間に準備しちゃえば良いのに、何もしないで座って僕を眺めてる。


「ねぇ、お姉さんは準備しなくて良いの?僕早く行きたいよ〜。」


お姉さんは大丈夫だよと微笑んだ。


お姉さんは僕が準備を終えたのを確認して立ち上がった。


「よし、大丈夫かな?それじゃあ行こっか!」


お姉さんは手を叩いて僕の手をとった。


パチっと響く音に、僕は思わず目を閉じた。


目を開けばそこは遠足で行く予定だった動物園。


僕たちは少し浮いていた。




4.うたたねピクニック]


動物園に皆はまだいなかった。


知らない人しかいなかったけど、お姉さんが僕の手を引いてお歌を歌うもんだから凄く楽しくなってきた。


ちっちゃな鳥さんが一番可愛かった。


お姉さんも鳥さんが好きって言ってた。


いろんな動物さん達を見て、お姉さんはお腹が空いたみたい。僕もお腹空いた。


「ねぇ、そろそろお昼にしよっか!」


お姉さんはいつの間にかピクニックバスケットを持っていて、そこから取り出したお弁当を、

いつの間にか引かれたレジャーシートの上に置いた。


「ほら、これ私が作ったの!開けてみて〜!」


中にはサンドイッチ、唐揚げ、卵焼き。


僕の好きなものがいっぱい詰まってて嬉しかった。


僕とお姉さんは靴を脱いでレジャーシートに座っていっぱいご飯を食べた。


僕はたくさん歩いたし、お腹いっぱいになったから眠くなっちゃったんだけど、お姉さんが寝て良いよって言うから寝っ転がった。


目の前に咲いていた小さな花を摘んで僕に渡しながら、お姉さんはまたあのお歌を歌った。


僕は凄く体が軽くなった気がしたんだ。




5.朝]


僕は目を覚ますと家のベッドにいた。


窓からはちょうど陽が入るくらいの時間だった。


僕はハッとしてすぐに熱を測った。


やっぱり。熱は下がってすっかり元気になっていた。


僕はリビングに行き、まだパジャマ姿だったパパとママに訊いた。


「ねぇ、あのお姉さんはどこ?僕にお歌を歌ってくれたお姉さん。」


「んー?寝ぼけてるのね。それよりお熱、どうだった?」


「なかったよ。だから今日遠足行っても良い?」


「良かった!それなら良いわよ!」


パパとママはお姉さんのことを知らないみたいだった。


「早く朝ご飯食べちゃいなさい!お友達待たせちゃうわよ!」


でも多分、多分夢じゃないんだよ。


僕は握っていた花を大切にリュックにしまった。




6.鳥さん]


僕はその後皆と一緒に遠足に行けた。


動物園はやっぱりお姉さんと歩いたところと全部同じで、僕はお姉さんを探しちゃった。


でもやっぱり何処にもいないんだ。


お友達はゾウさんとかキリンさんとか、リスさんが良いって言ったけど、僕はやっぱり鳥さんが良かった。


だからお友達になんとかお願いしてキツネさんのところに行ったんだよ。


「わぁ、鳥さんもちっちゃくて可愛いね!」


「見て見て!あの子!ご飯食べてる?」


お友達は皆興奮していたけれど、僕はあの1匹の鳥さんにずっと見られているのに気がついたの。


その鳥さんは僕の方に来てアピールしてるみたいだった。


僕はお姉さんが何処かに行ってしまったのが凄く悲しかったけど、その鳥さんが僕の方に来てくれたのが凄く嬉しくて、あのお歌を歌いながら家に帰った。




7.ピーちゃん]


僕はその子を勝手にピーちゃんと呼んで、先生とか、ママとかパパにお話しした。


また会えると良いなぁってずっと思ってた。


僕はそれから何回もママとパパに動物園に連れて行ってもらった。


いつも絶対に鳥さんのとこに行くんだけど、やっぱりピーちゃんは僕のところに来てくれる。


ピーちゃんは僕がお姉さんと来てたことを覚えてるかな。


お姉さんもピーちゃんのことが好きなんだって!


お姉さんは、誰?


あれはなんのお歌?


それは10年後くらいまで、埃を被ったとしても忘れきることはなかった。






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朝ぼらけの夢物語





1.日々]


「行ってきます。」


誰もいない木材で囲まれた空間に私はそう言い、昔からの相棒である自転車に跨った。


辺りが日光を漸く受け取る頃、今日も私は意味もなく空気を斬る。


周りには森、川、田んぼ、それから


いや、この辺はなんにもない。


田んぼ道を走りながら、ただただその汚れのない自然を吸い、眺めるのが好きだった。


風と共に走って20分。

私は一旦休憩することにした。


地を突っつく小さな鳥さんたちを眺めながら、逃げてしまわないようにと自転車を止め、切り株に腰を下ろす。


この切り株はなんで切られちゃったんだろう。

可哀想に。


そんな風にぼんやりと考えていると、急に鳥さんたちが焦るように羽ばたいた。


何かが凄いスピードで来る。


「おはよう香澄。今日はいつもより少し早いな。」


また佑輝だ。


最近は同じ毎日で、なんだかんだこいつと会わない日はない。


佑輝は私の家から一番近いところに住んでる友達。


っていっても2kmくらいは離れてるけど。


「何?朝から騒がしくして。鳥さんたち怖がってたじゃない。」


「いや、そんなに騒いでないだろ俺。まぁでも、ごめんな。」


佑輝は動きこそ落ち着きがないが、話すと意外と静かで優しくていい奴だ。


「なぁ俺、面白い話聞いたんだけどお前も知りたいか?」




2.ひととき]


久しぶりに佑輝の目に輝きを見た気がする。


私は持ってきた大きめのおにぎりを食べながらはいはい答えた。


佑輝は人差し指の先端を少し遠くの山に向けた。


「あの山のテッペンに、神社の跡があるらしいんだけど、なんでも朝6時に行くと山があくびをして『おはよう』って言うんだってさ!」


私も佑輝も、随分とピュアなんだな。


私はいいんじゃない?と答えて薄く笑った。


「よっしゃ、んじゃあ明日の朝5時、あの山の麓の落石注意の看板のとこ集合でいいか?」


もっとマシな場所はなかったのだろうか。


まあいいけど。


佑輝は私の返事を聞くと満面の笑みで帰っていった。


今日はそれだけ言いに来たのか。全くバカだなあ。


少し寂しい気もしたが、すぐに馬鹿馬鹿しいという言葉で誤魔化した。


おにぎりを食べ終えた私は、戻ってきた鳥さんたちを眺めて何故かホッとし、目を閉じて自然を聴きながらぼーっとした。


至福のひととき。




3.水]


水が私の頬を滴ったので目を覚ました。


寝てしまっていたみたいだ。


最近は昼夜が逆転しかけてるからやばい。


水は次々と私を目掛けて空から突撃してくる。


雨か


滑って危ないし、自転車は押して帰るとしよう。


私は雨も好きだった。


小さい頃は雨が降るといつも外で走り回って親に叱られたっけな。


そういえばこの自転車に名前もつけてくれた。


キンセンカ号〟


昔庭に咲いていた花からとった名前。


雨は私にとって、懐かしい"記憶"なのかもしれない。


気づけば雨は止み、ずぶ濡れになった服ももうじき乾くといった頃だった。


しかし不思議にも私の頬は濡れゆく一方。


家に着くと私はキンセンカ号を屋根の下に入れ、タオルで拭いた。


それから家に入ってシャワーを浴びた。


時計を見れば16時。もうこんな時間か。


お腹が空いた。私はまた大きなおにぎりを握って頬張った。


疲れたし暖房器具をつけるのも面倒でいたのだが、何故か体が熱いまま。


もしやと思い、結構前に使ったっきりの体温計を取り出して使ってみた。


やっぱり。38.2℃


明日の約束どうしよう。バックレるなんてことは出来やしないし連絡手段もない。


私は漸く暖房をつけ、頭を冷やしながら横になった。


寝れば良くなる、かな。




4.静かな夜の熱]


目を閉じ、少しずつ強くなる雨音を楽しんだ。


時計を見れば夜10時。


少しは眠れたと思うが、多分あまり眠れなかった。


約束をバックレるか、正直少し迷う。


まだ雨は降っているが、もしこのまま止まなかったら佑輝はどうするんだろう。


無理して来るかも。


やっぱり行くしかない。


とはいえ恐らく今からじゃ寝ることも出来ないだろうし、眠りにつけたところで朝5時までに起きることは出来ないだろう。


体調も良くなってきたことだし、寝ないで行くか。


私は額を冷やしながら準備を始めようと立ち上がった。


しかし、よくよく考えてみれば何を持っていけばいいのだろう。


熊除けの鈴と絆創膏と、おにぎりと飲み物くらいかな。


少しの間考えたがそれ以上は思いつかなかったので、椅子に座って近くにあった絵本をなんとなく手に取ってみた。


"おそらのおほしさまたちは、だれかがこわがらないようにキラキラとこもりうたをうたっています。あやとりをしてたのしませてくれます。ほら、おそらをみて!"


このページの絵が昔からとても好きだった。


黒の中に淡い黄色をした妖精たちが笑っている。


私はふと家の窓から空を見上げてみたが、雨雲で覆われた夜空には何もなかった。


さて、何もすることがなくなった。


んー。絵でも描いて時間を潰すとしよう。




5.明けやしない濃霧]


気づけば雨も止み、時間は4時半。


そろそろ家を出なきゃな。


私はいつもと同じように大きなおにぎりを握って、水筒に水を汲み鞄に入れた。


「行ってきます。」


誰もいない木材で囲まれた空間に私はそう言い、ドアを開けた。


外は何も見えなかった。


珍しいほどの濃霧だ。


私は構わずキンセンカ号に跨り、昨日佑輝が言っていた集合場所へ向かって進んだ。


20m程先は真っ暗で、まるで自分の周りにしか世界がないみたい。


危ないのでゆっくりと記憶を手探りに先へ進む。


道端にはこんな状況でも色がわかるほど鮮やかな花がちょこちょこと咲き、目の前には野鳥の大きな影が通る。


昨日までとは違う世界に来てしまったのだろうか。


もしや自分はあの熱で苦しむことなく死んだのだろうか。


そんなことも考えてはみたが、そんなワケない。


そんなことを考えていたものだから、気づけば目的地は既に目の前にあった。


佑輝はまだ来ていないみたいだ。


小さな街灯に照らされて佇むボロい小屋にキンセンカ号を止め、服についた水滴を拭う。


佑輝も早く来ないかなぁ。




6.水路 隣]


一旦小屋から出て、すぐ近くに流れている小さな水路脇に身を屈めた。


いろいろ流れている。


多くは枯れ葉だか、ちょくちょく虫の死骸が流れていたり、あめんぼがいたり。


神様からすれば、私達の世界もこんなふうに見えているのかもな。


反射して映った私の顔の傍に何かが映った。


佑輝も到着したようだ。


「もう、少し遅いんじゃない?」


「へへ、悪い悪い。でもお前昨日朝から騒がしくするなって言ってたじゃん。だから静かに来たんだよ。」


揚げ足を取られたが何故か少しも悪い気はしなかった。


寧ろちょっと嬉しかったかも。


「あれ、お前チャリどうした?」


「あの小屋に止めたよ。どうせもう誰も使ってないでしょ。」


「そうだな。」


佑輝は私のキンセンカ号のすぐ横に自転車を止めた。


「よし、そんじゃ早く登ろうぜ!」


「でも佑輝、ちゃんと登り方分かるのよね?」


「いや、知らん。でもなんとなく行けるだろ!」


不安でしかなかったがやっぱり少し嬉しかった。




7.慣れの奥]


とりあえず私達はがむしゃらに登ることにした。


絆創膏も持ってきたし、躊躇なく草葉をかき分けながら奥へ進む。


「ねぇ佑輝、ちょっと早いよ。」


「ん、ごめんごめん。疲れたか?」


「大丈夫。少し早かっただけ。」


そう言い終わるか終わらないかの所で横から何かが飛んできた。


思わず私は横向きに崩れてしまい、足元には大きいバッタがいた。


思わず叫んだ。


虫は昔からダメだったが、こんな所に住んでいるので自然と慣れていた。


しかしあまりの大きさに、防衛本能が働いたのだ。


すぐに佑輝が払い退けてくれて助かった。


「ありがとう、」


「お前、虫ダメなんだっけ?」


「うん、実はね


季節は春先。虫たちからすれば楽しい時期の始まりのようだ。


「お前、虫がダメなんじゃ山登りなんて無理だぞ。」


佑輝は悪戯にそう言って笑う。


「うるさい。」


こんな会話をしながらも山を登る。


多分20分くらいは登ったと思う。


山の中は更に荒々しくなり、佑輝はとうとう怪我をしたらしい。


私は絆創膏を渡そうとしたが、強がってるのか知らないが絆創膏はいらないとか言う。


無理しなきゃいいのに。


これも慣れなのかな




8.まだ]


まずい、恐らくあと30分ほどで頂上の神社跡に到着しなければならない。


「ねぇ佑輝、これ本当に着くの?」


「ああ、多分大丈夫だ。日の出には間に合うだろ。」


私は正直かなり疲れたが、足手纏いなんてごめんだ。


前も後ろも、右も左も見えない。霧が深すぎる。まだ日も登らず不安ばかりだ。


「あれ、変な小屋があるぞ?」


麓の自転車を置いた小屋と似た形状をした小屋だった。


麓の小屋とは違い街灯がなかったため不気味な雰囲気を醸し出しているが、疲れた私はその小屋に寄りかかり、水筒に口をつけ真っ逆さまにした。


「ねぇ佑輝、神社跡って、これ?」


「んー、いや多分違う。鳥居がまだあるって爺ちゃんが言ってたからな。それに多分まだここテッペンじゃないぞ。」


鳥居なんてなさそうだ。


えー、まだ登るの?佑輝、おんぶでもしてくれないかなぁ。


佑輝はそんな私の心の声に気づかず、行くぞと言ってまた登り始めた。


全く、あり得ない。別に嫌な気にはならないけど。


やれやれ、ついて行くか。そうじゃ無いとまた虫がヒィーッ




9.相乗鼓動]


まずい、そろそろ限界だ。


「ねぇ、ねぇってば!」


「ん?なんだどうした?」


「私やばいかも。クラクラする。実は昨日から熱があって。」


「は!?お前なんでそんな状態で来たんだよ。俺なんかほっといて家で休んでた方がよかったのに!」


嬉しいような寂しいような。


「でも、佑輝との約束、破りたくなかった。」


「ありがとな。いいから休むぞ。水は足りてるか?」


佑輝は透かさずその手を私の額に当て驚いていた。


「お前、もうダメだ。今日はここまで!こんな熱でこれ以上登ったら危ない。小屋で休んで明るくなったら下りるぞ。」


「ううん、もう少しだけ行ってみたい。何かあるよ絶対。せっかく頑張ったんだし。」


「うーん。わかった、でも少しだぞ?やばくなったらおんぶして小屋まで運んでやるから。」


私の心臓は熱とそれとの相乗でとんでもない速さで働いた。


いや、やっぱり熱だけのせいにしておく。




10.追々]


少し登ると後はもう登る所は無さそうだった。


「ここがテッペン?何かありそうか?」


「いいえ、何もない。やっぱり何もないのかなぁ。」


「んー。もしかするとあの小屋がやっぱりそうかもな。」


そんな会話をしていると、少しずつ辺りが明るくなってきたことに気がついた。


「ねぇ佑輝、そろそろ日の出よ。大丈夫なの?」


「んなこと言われても霧でなんも見えねぇよ。爺ちゃんはテッペンっつったんだから信じるしかねぇ。」


佑輝はそこでただ立っている。信じて空を見てる。


どこまでピュアなのかしら。


付近の樹々は光を受け取り始め、霧の中で追々色づいて行く。


あーあ、日の出だ。


辺りからは少しずつ囀りや咆哮が聞こえ出し、虫の音も草花の音も更に強く聞こえ始めた。


それらは追々大きさを増し、追々明るいものになっていく。


さっきまでの霧も追々薄くなり少し遠くにも世界が続いているを黙認できるくらいにはなった。


多分霧は追々消えていくのだろう。私は霧の深い世界に少し悲しさを感じた。


これまた追々。




11.目覚め]


私の思っていた多くの"追々"達の一部は、ものすごい勢いで加速した。


囀り、咆哮、虫の音、草葉の音。


それらはもう随分と大きなものになったが、そのひとつひとつは小さなものが出している音だ。


そのひとつひとつが聞き取れる程透き通って感じた。


佑輝の隣で私も同じ方向を見ながら立った。


「ねぇ佑輝、この音達が"山のあくび"って言われてるのかもね。他の時間帯じゃ聞こえないよ。」


眠気と体調のせいで頭が働かず、自分でも何を言っているのかわからなかった。


しかし自分でも妙に納得できた。


佑輝は何も言わずただただその目を輝かせていた。


途端に霧が晴れた。


と同時に視界に入ったのは、淡い空色の中に鎮座するまんまるな太陽だった。


多分私達の知らない霧の向こうで、この太陽も追々大きくなったのだろう。


2人は思わず息を呑んだ。


少し間をおいて佑輝は口を開いた。


「香澄、これが山の目覚め?」


「うん。」


体調が悪いのも忘れて、佑輝と暫く立ち尽くした。




12.目眩]


佑輝はぼんやりと言った。


「来れてよかった。」


これ程に輝きを纏っている佑輝の目は初めて見た。


いつもの佑輝じゃないみたい。


佑輝は暫くしてスッといつもの佑輝に戻った。


「さぁそろそろ帰るか。お前も体調悪いんだし。」


私はまだ太陽を見ていた。


囀りも咆哮も、虫の音も草葉の音も落ち着いたみたいだが、私の耳には尚響いて感じた。


「この太陽が、山の言う『おはよう』なのかな。」


咄嗟に出た言葉に私は自分で驚きながらも、何もなかったように繕った。


佑輝を見て、笑いながらもう一度口を開いた。


「なんだよ〜、てっきり山が本当に『おはよう』って言うと思ってた〜。」


佑輝は背中を私に向け、おはようと嘯いた。


しかしその口は動いていないように見えた。


「ちょっと佑輝、揶揄わないでよ〜。」


言い終えた直後、地面が大きく揺れた。


思わず尻餅をついた私だが、佑輝は苦労もなさそうに立っている。


分かった。揺れたのではなく目眩だ。


「おいおい、大丈夫かよ!無理しすぎだって!」


佑輝が駆け寄ってくる。


瞬く間に私は意識を失った。




13.木漏れ日の小屋]


目を覚ますと小屋にいた。


てか佑輝、顔近い


「目覚めたか?大丈夫か?」


「あ、うん。小屋?」


「ああ、運んだんだよ俺が。急に倒れたもんだから泣きそうになったわ。」


「あ、ありがとう。」


佑輝はお腹が空いたらしく、軽く笑いながら腹を慣らした。


私はお礼も兼ねて、何も持ってこなかった佑輝におにぎりを半分あげ、2人で休憩することにした。


日の出前の不気味な雰囲気とは打って変わって大きな包容力のようなものを感じた気がした。


気のせいかもしれないけど、それはそれでいい。とにかく居心地が良かった。


おにぎりを食べ終わらせた私は、まだ食べている佑輝を眺めながら、体調が悪いのを口実に横になった。


「またちょっと寝て休むね。」


「大丈夫か?体調悪いしその方がいいかもな。」


まぁ私は眠れるわけもなく、眠ろうとしたわけでもなかった。


もうちょっとこの小屋に居たかった。


人生で一番木漏れ日が暖かく感じた。


今は辺りは静けさの方が目立つ。




14.下山]


私は少し時間を過ごした後、嘘寝にまんまと騙されている佑輝に申し訳なく感じてきて、話しかけてみた。


至って自然に。


「うぅ。そろそろ帰らなきゃマズい?」


「お、起きたか。もう休まなくていいのか?」


「うん、もう大丈夫だよ。」


2人は山を下ることにした。


太陽がちょうど真上から2人を照らし、影が最も少ない時間帯だった。


霧がかっていた時間帯とはまるで違う。


「あれ、これ方向あってるよな?」


なんとか下りきることに成功したものの、何処だ此処。


暫く風景を頼りに歩いて行くと、日の出前にキンセンカ号を止めた小屋を発見した。


それは少し綺麗に見えた。


「ねぇねぇ、あの小屋なんか違くない?」


間違えた方向に来ちゃった

景色も違った気がしたので私は一瞬そう思ったが、近くにはあの水路もあった。


「ごめんごめん、やっぱりなんでもない。」


小屋はやはり夜明け前よりも綺麗になったように見えた気がしたが、そんなことよりとうとうまたすることのない日常に戻ってしまうという寂しさが込み上げてきた。




15.感覚]


「ねぇ佑輝。」


「なんだ?」


私はすぐそこまで出かけていた言葉をすぐに引っ込め、帰ろうとした。


そういえば


「ねぇ、そういえば私が倒れる前。佑輝おはようって言ったよね?腹話術の練習でもしてるの?」


ただ思い出したから聞いてみただけ。ぶっちゃけなんでも良かった。


「は?何言ってんだ?俺は何も言った覚えねぇぞ?」


佑輝は口角が上がっていたが、どこか引き攣った上がり方に見えた。


「え?」


これでもかという程間の抜けた声が出た。


予想外だ。ちょっと巫山戯てみただけとでも言うと思った。


ちょっと待て。じゃあ私が聞いたのは


「聞き間違いじゃね?俺には聞こえなかったぞ〜。」


ひとまず笑って誤魔化したが、真相は定かではない。


下山に意外と時間がかかったようで、日も暮れてきた。2人は疲れもあり、早めに帰ることにした。と言っても途中まで道は同じ。


お互い無口だがそこまで気まずくなかった。


囀り、咆哮、虫の音、草葉の音。


私はその全てに新鮮味を覚えながら、赤く染まりゆく空を見ては自転車を漕いだ。


風は生温くも優しく私の袖、頬、額を撫でて通り過ぎて行く。




16.元通り]


あの声の正体が気になって仕方がない。


どっちにしろ嬉しいが、兎に角気になる。


佑輝と私の帰り道。ここからは別々になる。


おっとっと


深く考え事をしながら自転車を漕ぐ時は決まってそうだ。コケる。


今日も小石を弾きながら綺麗に転んだ。


「おいおい大丈夫か。やっぱりまだ体調良くないんだろ。」


「ううん、疲れただけだよ。」


「あーあ、膝擦りむいてんじゃん。ほら、動くな。」


佑輝は何も持ってきていないと思ってた。

手ぶらだと思ってた。


しかし右のポッケに手を突っ込んで何かを探してる。


絆創膏だ。なんだ、ちゃんと持ってんじゃん。


佑輝は何も言わずにそれを私の膝に貼ってくれた。


「本当に体調は大丈夫なんだな?」


私が立ち上がるのを見て、佑輝はまたなと言って漕いで行った。

にしても自転車漕ぐの速っ。


私はキンセンカ号を丁寧に起こして、漕ぎはじめた。


あーあ、これでまたひとりの生活か。


ひとり田んぼ道。空には月と夕日、大きな雲が同時に見え、赤と青、白と黒が同時に見えた。


綺麗と同時に恐ろしささえ感じた。




17.夢に見る]


家に着くと私はキンセンカ号を屋根の下に入れ、タオルで拭いた。


転んでしまったからいつもよりも念入りに吹いてあげた。


それから家に入ってシャワーを浴びた。


時計を見れば18時。もうこんな時間か。


お腹が空いた。私はまた大きなおにぎりを握って頬張った。


疲れたし暖房器具をつけるのも面倒でいたのだが、何故か体が熱いまま。


またかと思い、机の上に置きっぱなしにしていた体温計を脇に挟んだが、36.4℃


あれ、平熱


私はかなり疲れたので、そのまま机に突っ伏して目を瞑った。


心地いい陽の光、風、音、香りを夢に見た。


机の中心に飾られたキンセンカの花と共に。





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嫌われ





1.お早う]


目覚ましの音で俺は目を覚ました。


俺は6時半にそいつをセットしたはずだが時計の針は短いほうが78の間。長いほうが6


今日は学校だったが、間に合うことはないだろうと思い遅刻して行くことにした。


俺はゆっくりと顔を洗う。


溜息を零しながら鏡を見てぼーっとした。


あーあ、チビの頃の俺が見たら、何つーかな。

怖いって言って逃げてくかな。


そんな事を考えつつ学校の支度を終える。


さて行くか。


チャリに跨る。


別に急いでなんかないが、チャリに乗るのは好き。


だから自然とスピードを出したくなる。




2.憂鬱]


うまくスピードが出ずに腹が立つ。


風は俺のことが嫌いらしい。


いつも気分よく走ろうとすると、俺を押し返してくる。


今日のように酷い時は息すらさせてくれない。


時折顔を横に向けて息継ぎをする。


いくつもの暖簾が俺にアッカンベーをしてくるのが目に入ってくる。


暖簾は俺のことが嫌いらしい。


そんなに挑発しなくてもいいだろう?


俺だって頑張ってんだぜ。まあ無理もないか。


そうやって走っていると、渡ろうとした横断歩道の脇に立つ信号機が、目の前で赤に染まった。


ここの信号は毎日俺を止める。


信号は俺のことが嫌いらしい。


俺が通ろうとするといつも顔を赤らめて怒る。


止まっている間、俺は風上のほうへ目を向けた。


多分、ガンを飛ばしていたと思う。


まあこんな具合で俺は皆に嫌われている。

だが俺を嫌わない物好きもいる。




3.北山]


「あれ、正登じゃん!お前も遅刻か?」


俺の名前を含んだその言葉は、いつもの声に含まれて横から飛んできた。


その出所へとゆっくりと目をやった。


そこには肩で息をして笑っている北小路がいた。

こいつは登校時間がいつも被る。


友達と呼んでいいのかは知らないが、その良し悪しを考えるのは面倒だから俺の中では一応友達としている。

まあ少なくとも幼馴染ってやつだ。


俺は変わらない目つきで冷たくまあなと答えた。


「へへ、俺も寝坊しちゃってよ!急げ急げ〜。」


俺はこいつが何故急いでいるのか分からなかったので、思わず何故か聞いてしまった。


「ん?いや別に早く学校いかないとってわけじゃなくて、楽しいからさ〜」


ハッとした。


それは息すら出来なくさせた。




4.好き嫌い]


信号が青になり、北小路は一緒に行くかと誘ってくれたが、返事は思うように出来なかった。


「なんだよ、体調でも悪いのか〜?

お前が行かないなら俺も行かねぇわ!」


大きく笑っている。つられて俺も笑った。


こいつは俺を知っているみたいだった。


それから学校に行くのが面倒臭くなって、近くの公園に行くことにした。


「は〜、今日も風が気持ちいいなぁ!」


ブランコに座ってゆらり揺られる北小路。


「向かい風だと腹立つけど。」


俺は共感が返ってくると思った。


「お前、ガキの頃は風が好きって言ってたっけな〜。成長ってやつか。」


ドキッとした。


何かを思い出した。悪寒がした。


そんな気分になった。




5.そよかぜ


俺は答えを返さず、近くの大きな樹の麓に佇む影に入り込んで寝そべった。


風が心地良い。


そう思えたことすら後から気がついた。


気がつけば眠りについていた。夢を見た。


目の前にチビの頃の俺がいた。


チビは硬い表情のまま俺に近づいてきて、


「お前、オレが友達になってやるから元気出せよ。」


そう言って頭を撫でてくれた。心地良かった。


生意気なやつだな。


俺は北小路の声に起こされた。


撫でられた感触のあるままだったので驚いたが、それは風に髪が揺さぶられているだけだった。


「なぁもう流石に学校、行かないとまずいぜ?」


俺は耳を貸さなかった。


何かを思いついた。閃いた。


そんな気分になった。


北小路に此処に居ろと言い残して家に急いだ。




6.空高く好く]


2回くらいこけたが痛みさえ気にならないほど何かに必死だった。


家に着くなり俺は部屋の収納という収納を漁った。


漸く見つけた。


チビの頃に自分で作った凧だ。


とても綺麗に保存したまま随分長い間忘れていた。


俺は皆に嫌われている。だから俺も皆を嫌っている。


でもチビの頃の自分のことだけは嫌えないだろうという自信が、常にあった。


何か自慢があったわけでもないし、特に嬉しいことがあったわけでもない。常に寂しかった。


だからこそ、自分だけは好きでいてあげたいと思う。


つーことは今の俺も遠い先の俺に好かれてんのかもな。


俺は凧を上げながら公園へ向かった。走った。


凧は気持ち良さそうなほど綺麗に空を泳いだ。


向かい風が俺に喜びと懐かしさをくれている。

店の暖簾は俺に手を振り、信号は自分では止まれない俺を危なくないようにと止めてくれた。




7.昔の声 今の影]


公園に着いた。


北小路はブランコを180°近く揺らして大きく笑っていた。愉快なやつだ。


俺もつられて笑った。


「お前それ!随分昔の凧じゃねえか!」


大声で明るいその声は、成長しちまった俺らが普段出すようなものではなく、昔よく聞いた声にそっくりだった。


俺らは学校も忘れて暮れるまで駆け回った。

昔みたいに。


太陽を背負って、地面に映った黒い俺を追いかけるようにして帰った。


黒い俺は、確かに黒かった。


でも黒であって、黒でなかった。


それはいつかの彩の影。






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